11年間の感謝の気持ちに変えて…そして嫁さんのこと、こどものこと。

ど~も、毎度お騒がせしております、神保貴雄(@minamiounuma)です。

ついに11年間勤めた、神保接骨院を退職する日がやってきました。

本日、9月30日を持ちまして僕、神保貴雄は神保接骨院を退職いたしました。

書きたいような、書きたくないようなこの気持ちを、文章に変えてお届けします。

※いままでの事情がよくわからない方に、まず読んで頂きたい記事※

「9月で神保接骨院を退職します。いままでありがとうございました。」

「僕が、15年続けた接骨院の仕事を辞める理由」

「仕事って一体なんなの?」いまだから僕が言えること

11年前を振り返る

長くなりそうなので、あまり長くならないように今までを振り返ってみます。

僕が東京で勤めた接骨院での修行を終え、南魚沼に帰ってきたのが2008年の12月でした。

長女がまだ一歳になったばかり。

歩くか、歩かないかそのくらいの時……だったかな。

いまやそんな彼女も6年生になり、僕があげたipodでアホみたいに好きな音楽を聴いてます。

と、思ったらお父さんピカピカの1年生みたいな(笑)。

この件についても長女、長男、次男にもしっかりと話をしました。

長男が「学校でいじめられるかも……」と言ったこと以外は概ね納得してもらえたような気がしています(笑)。

こどもたちへの思い

こどもたちが、本当はどのような気持ちなのかは正直、僕が知る余地もありません。

だからそれについて想像することも、心配することもしません。

僕の人生が僕のモノのように、彼女彼達の人生は彼女彼達のモノなのですから。

残酷に聞こえるかもしれませんが、彼女彼達が彼女彼達らしく生きることができない方が、僕は残酷なんじゃないかと考えてしまいます。

11年ぶりの気持ち

きのうはみなさんがわざわざ僕の顔を見に?施術を受けに来てくれました。

ありがたや~。

なかには素敵なプレゼントを持ってきてくれた女の子も(中学生よ)。

大巻中学校の陸上部の男の子は自分が身に着けるハチマキを持参して「これにメッセージを書いてください!!」ってね。

SNSを通してもたくさんのメッセージいただくことができました。

嬉しいね。

あらためて、ありがとうの気持ちでいっぱいです。

人生で初めてこんな気持ちを味わったな……って。

でもね、そんなこと考えてたら前に勤めていた接骨院を辞める時も、こんな気持ちになったな~って思い出しました。

11年ぶりに胸が熱くなりました。

話が飛びましたね

こちらに帰ってきたときのことを振り返っている最中でした。

ところで「最中」と書いて「もなか」って読むって知ってました?

あ……すいません、また話が飛びましたね!!

ちなみに僕は最中大好きです!!

親とのこと

いままで11年間、父と母と僕と三人で接骨院を営んできました。

楽しいこともあったし辛いこともあったし、いろいろありました。

よく患者さんに「親子で仕事ができて幸せだね」って言われました。

うん、確かにそう。

だけど、葛藤もあります。

ですが、なんだかんだ11年、これといったトラブルもなく営業できたことは一重にみなさんの支えがあってこそだったと感じています。

揉めたの?

「お父さんと揉めたの??」って聞かれます。

正直、揉めてないって言ったら嘘になります。

ですが37歳で奥さんがいて、こどもが三人いるのに親父と揉めたのが理由で仕事を辞めましたって……。

僕はそんな人間に見えますか??

そんな風に見られていたらそれまでですが(笑)。

そうではない自信が僕にはあります。

本音

と、ここまで書いてとっても取り留めのない文章になってきましたね。

でもね、きっとこれが僕の本音なのです。

それでいいんです。

そんな自分と、これからも仲良く生きていきたいと思います。

なんだか間の抜けた最後の「接骨院・神保貴雄」としての文章になりましたが、これも揺るぎない自分自身ですよね。

これからについて

本当に11年間、ありがとうございました。

やり残したこと??

ありません。

ひとつもありません。

やりたいこと??

あり過ぎます。

アリスインワンダーランド(笑)。

ひとつひとつ丁寧に形にしていきたいと思いますので、どんな形になるのか……とくとご覧ください!!

ありがとうございました。

さいごに……

嫁さんとの関係も大丈夫ですので、ご心配なさらず。

いつも通り、くだらないことで笑いあってます。

むしろ、こういう流れになって家族の結束が高まったんじゃないかと。

ジンボ
『雨降って地固まる』

そんな言葉を日々、噛みしめています。

ということで、これからも神保貴雄一座をよろしくお願いいたします(笑)。